なんと二子新地は一大三業地だった!

投稿 PC教室の先生、12月6日に投稿

11月2日に大山街道ふるさと館が主催する徒歩見学ツアー「ぶらり散歩と料亭『やよい』でお茶を」に参加しました。

そこで知ったのは、なんと二子新地はかっては花柳界のある三業地(料亭、待合、芸者置屋のある場所)で、戦前の最盛期には50件の待合と100人の芸者がいたそうです。

関東大震災で東京・吉原や向島が壊滅的な被害を受けたため、昭和2年に電車・車・人が通れる二子橋が造られたのを期に大貫家当主の吉之丞(岡本かの子の父親で岡本太郎の祖父にあたる)が誘致したのが始まりでした。

その後は戦前から戦後まで一大歓楽街として大いに賑わいましたが、昭和33年の売防法の影響で昭和40年代にはほとんどが廃業してしまったそうです。

「やよい」は唯一残っている待合(料亭+宴会場+旅館)で、建物は戦後のものです。

コースは二子新地駅→二子の渡し跡(多摩川べり)→二子神社→光明寺→やよい(二子神社の裏の方)→解散 で、地元再発見の楽しいツァーでした。なお、このツァーは一年に一回、この時期のみだそうです。

もうここに住んで36年になるのに全く知らず、ご近所の思わぬ歴史に触れて驚きました。

「やよい」は二子神社の裏手近くにありますので、興味ある方は是非訪ねてみてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です